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名古屋高等裁判所 昭和62年(ネ)361号 判決 1988年3月31日

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が昭和五五年八月一日にした額面株式六〇〇〇株の新株発行が存在しないことを確認する。

控訴費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人らは、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者の主張は、次に訂正、付加するほか、原判決事実摘示第二項記載のとおりであり、証拠関係は、原審及び当審訴訟記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

(訂正)

1. 原判決二枚目裏五行目の「(1)」から八行目末尾までを次のとおり改める。「(1) 久章と完山正治こと崔載仲(以下「崔」という。)は昭和五三年八月五日、次のとおり合意した。すなわち、久章は、崔がその所有の名古屋市守山区小幡字宮ノ腰五四番地の土地を被控訴人に提供して、当時同市北区新沼町一二八番地所在の大蒲ビル内に在った被控訴人会社の本店営業所を同所に移転させ、右大蒲ビル内の被控訴人会社占有部分を明け渡させることを条件に、崔に対し久章が有する被控訴人会社の株式三〇〇〇株を譲渡することを約した(甲第一〇号証)。崔は、右約定に基づき、監督官庁の認可を受けた上、同年一〇月二八日、右宮ノ腰の土地を提供し、同所に被控訴人会社の本店営業所を移転させ、大蒲ビル内の被控訴人会社占有部分を明け渡させたから、これにより、同日、当時久章が実際に保有していた被控訴人会社の株式二六〇〇株を取得した。」

2. 同四枚目裏六行目の「同年七月一六日、」を「同年七月一六日に」に改める。

3. 同六枚目表二行目の「名古屋地方裁判所により」のあとに「、商法二五八条二項に基づき」を加え、九行目の「右総会決議は」から同枚目裏九行目末尾までを次のとおり改める。

「右株主総会の決議は、株主に対する招集通知が発送されていないから、不存在である。すなわち、昭和五五年四月五日当時、被控訴人会社の発行済株式の総数は六〇〇〇株で、その株主及び株式数は、崔 二六〇〇株、丹羽章夫 一二〇〇株、丹羽速次 一五〇〇株、丹羽兵助 四〇〇株及び丹羽あき子 三〇〇株であったが、仮代表取締役であった久章は、丹羽速次に対し口頭で右株主総会を招集することを申し入れただけで、他の四名(このうち、丹羽章夫は、当時行方不明であった。)に対しては全く招集通知をしなかった。したがって、丹羽速次だけが出席して決議したとしても、発行済株式総数の三分の一以上の株主が出席したことにならないから、定足数を欠くことになり、株主総会が成立し、その決議があったとはいえない。

なお、久章は崔に対し、前述したとおり、昭和五三年八月五日の合意に基づいて自己の保有した株式二六〇〇株(ただし、当時久章の有する株式は三〇〇〇株とされていたので、甲第一〇号証の確約書にはその旨の合意が記載された。)を譲渡しておりながら、その相手である崔に招集通知を出さなかったもので、その瑕疵は重大である。被控訴人が株主名簿に基づいて招集通知を出した旨主張するとしても、久章は、被控訴人会社のもとの代表取締役であって、正当な理由なくして名義書替に応じないまま、株主名簿に記載のないことを理由に崔が株主でないと主張することは許されない。

そうすると、前記株主総会の決議は不存在であり、ひいて久章を代表取締役に選任した取締役会の決議も不存在といわなければならないから、本件新株発行は、取締役会の有効な決議がなく、かつ、代表取締役でないものが発行したものであって、不存在である。もっとも、新株発行が取締役会の有効な決議に基づかないでされたことが一般的には新株発行の不存在の理由にあたらないとしても、本件においては次の特別の事情があるから、なお新株発行を不存在とすべきである。すなわち、<1>本件新株発行の引受人及びその引受け株数は、加納英雄 五〇〇株、伊藤節雄 二〇〇〇株、丹羽速次 二〇〇〇株、石川喜久雄 一〇〇〇株及び丹羽あき子 五〇〇株であるところ、これら五名は、いずれも久章の一族若しくは親しい友人であり、自己の出捐で払込みをしているものではないから、本件新株発行を不存在としても、取引の安全を害することはない。<2>久章は、前述したように、昭和五三年八月五日付け確約書に基づいて被控訴人の株式三〇〇〇株を崔に譲渡しながら、その後崔らの努力により被控訴人会社の経営が正常化して利益を上げられるまでになるや、自己の持株比率を増大させて被控訴人会社を支配するべく、密かに本件新株発行を計画しこれを実行したものである。」

4. 同六枚目裏一〇行目から同七枚目表四行目までを次のとおり改める。

(二) 実体の存在しない新株発行

本件新株発行の払込金として、昭和五五年七月三一日に株式会社東海銀行大曽根支店に三〇〇万円が預け入れられている。しかしながら、この預金は、別段預金とされ、同日直ちに払い戻されている。そして、この払戻金は、被控訴人会社に入金されて資本に組み入れられた事実がなく、被控訴人会社の経理関係の帳簿にも記載されておらず、その後どのようになったのか全く不明である。こうした経過からみて、右三〇〇万円は、第三者から借り入れた払込み意思のない仮装の払込金(見せ金)であって、いったん株式払込金として預け入れたのち、直ちに払い戻して返済されたものとみるほかない。したがって、本件新株発行は、その実体が存在せずに新株発行による変更登記があるにすぎないから、不存在である。

5. 同七枚目表六行目末尾に次のとおり加える。

「株式の譲渡は、本来は株券の交付を要件とする要物契約である(商法二〇五条一項)。これに対して、控訴人らが主張する確約書(甲第一〇号証)による株式の譲渡は、停止条件付譲渡の合意であって債権契約にすぎない。したがって、たとえ被控訴人において株券の発行を不当に遅延しているとしても、これにより株式譲渡の物権的効果が生じたものとはいえない。」

6. 同七枚目表七行目の「同(2)は否認する。」から八行目末尾までを次のとおり改める。

「同(2)のうち、昭和五五年四月五日当時、被控訴人会社の発行済株式総数が六〇〇〇株であったこと及び丹羽速次がそのうちの一五〇〇株を保有していたことは認めるが、その余の事実は争う。崔は、当時、被控訴人会社の株主でないか、株主であることを被控訴人会社に対抗することができない者であった。控訴人ら主張の株主総会は、久章(二六〇〇株)と丹羽速次(一五〇〇株)の二名の株主が出席して有効に成立している。仮に、久章が株主でなかったとしても、丹羽速次が出席したことにより、総株数六〇〇〇株の四分の一にあたる株主が出席したことになるから、三分の一の定足数に達しなかったとしても、決議取消事由にすぎず、決議不存在ではない。」

7. 同七枚目裏二行目末尾に次のとおり加える。

「商法は、新株発行について、払込金の資本組入れを要件とする旨規定しているわけではない。また、払込金を会社の計算帳簿に記載することも、新株発行の手続要件とされていない。更に、仮に、見せ金による新株発行であっても、払い込みが無効となって引受人に払込みの履行責任が残るだけで、新株発行そのものが無効となるわけではない。」

(控訴人らの付加した主張)

商法二五八条二項によって選任された仮取締役は、法律又は定款に定める取締役の員数に生じた欠員が新たに補充選任され、その者(新取締役)が就職したときは、当然にその地位を失うものである。したがって、新取締役(新代表取締役)が就職した以上、新取締役を選任した株主総会の決議の有効無効にかかわりなく、仮取締役(仮代表取締役)の任期は終了するものと解すべきである。

被控訴人会社においては、従前主張したように、昭和五五年四月五日に開催された臨時株主総会において久章ほか二名が取締役に選任され、続いて同月八日開催の取締役会において久章が代表取締役に選任され、同年四月一二日、取締役久章(同月五日就任)、同伊藤節雄(同月七日就任)及び同高村晃(同月五日就任)並びに代表取締役久章(同月八日就任)の各役員に関する登記がされたから、これにより、右株主総会の決議の効力を問題とするまでもなく、久章は、被控訴人会社の仮取締役及び仮代表取締役の地位を喪失したものといわなければならない。

(被控訴人の付加した主張)

仮に、久章ほか二名を取締役に選任した被控訴人会社の昭和五五年四月五日開催の株主総会の決議が不存在であるとすれば、新取締役(新代表取締役)が選任されないことになるので、久章は依然として被控訴人の仮代表取締役の地位にあることになる。また、右株主総会の決議の瑕疵が取消事由にとどまるものと解されるならば、右決議は取り消されるまで有効であり、久章は被控訴人の代表取締役の地位にあることになる。したがって、いずれの場合にせよ、久章が代表取締役としてした本件新株発行は有効である。

更に言えば、仮に、久章の仮代表取締役及び仮取締役の任期が終了し、かつ久章ほか二名を取締役に選任する前記株主総会の決議が不存在であるとしても、商法二五八条一項により、久章はなおその職務執行の義務があるから、いずれにしても、久章のした本件新株発行が有効であることに変わりはない。

理由

一、請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二、1. <証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、<1>崔は、東商事という名称で金融業をしていた者であるが、被控訴人会社の代表取締役をしていた丹羽章夫(以下「章夫」という。)に対し、昭和五一年末ごろから融資を続け、同五二年一〇月ごろにはその融資額が六〇〇〇万円程に達していたこと、<2>ところが、章夫は、崔の関係を含めて多額の負債を抱え、その返済に窮して同五二年一〇月ごろ所在を隠したこと、<3>そこで、崔と章夫の父親で被控訴人会社の株主であった久章が交渉した結果、同五三年八月五日、当時被控訴人会社の本店営業所のあった章夫所有の名古屋市北区新沼町所在の大蒲ビルにつき競売の申立てがされており、被控訴人会社が同ビルから立ち退かなければならなかった事情があったため、両名の間で、久章において、崔がその所有の同市守山区大字小幡字宮ノ腰五四番地の土地を被控訴人会社の事務所用地に提供することを条件に、章夫の崔に対する債務の内金一五〇〇万円の弁済に代えて、自己の所有する被控訴人会社の株式三〇〇〇株を崔に譲渡するとともに、併せて、被控訴人会社の定款を変更して取締役の員数を四名とした上、そのうちの二名を崔の指示する者を充てることが合意されたこと、<4>崔は、右合意に基づき、同五三年一〇月二八日ごろまでに右宮ノ腰の用地を被控訴人会社に提供し、その結果被控訴人会社はその本社事務所を同所に移転し、前記大蒲ビル内の占有部分を明け渡したこと、<5>久章が同五三年一〇月二八日の時点で保有していた被控訴人会社の株式は二六〇〇株であったこと(この事実は当事者間に争いがない。)、以上の事実が認められる。<証拠判断略>。右事実によれば、崔は久章から、昭和五三年八月五日の条件付き代物弁済契約により、その条件の成就した同年一〇月二八日ごろ、久章所有の被控訴人会社の二六〇〇株の株式(本件譲受株式)を取得したものと認めることができる。

2. 崔が昭和六〇年三月二二日に死亡した事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一九号証及び弁論の全趣旨によると、同人の相続人である控訴人らにおいて、請求原因2(二)(2)記載のとおり、本件譲受株式を分割取得したことが認められる。

3. 控訴人らが前記取得にかかる被控訴人会社の株券の交付を受けておらず、かつ、被控訴人会社の株主名簿に控訴人らの氏名及び住所が記載されていない事実は、当事者間に争いがない。

ところで、商法二〇四条二項が株券発行前にした株式譲渡は会社に対しその効力を生じない旨規定した趣旨は、株券が遅滞なく発行されることを前提とした上、その発行事務が渋滞することを防止することにあるから、株式会社が記名式株券の発行を不当に遅滞し、株式譲渡の効力を否定するのを不相当とする状況に至ったときは、株主は、会社に対する関係においても意思表示だけで有効に株式を譲渡することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年一一月八日大法廷判決・民集二六巻九号一四八九頁参照)。また、同法二〇六条一項が記名株式の移転は取得者の氏名及び住所を株主名簿に記載しなければ会社に対抗できない旨規定しているのも、変動する株主と会社の関係を円滑に処理するための技術的要請に基づくものであるから、同様に、会社が正当な理由なくして名義書換に応じないときは、株式譲受人は、株主名簿に記載がなくても株主としての権利を行使できるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被控訴人は、本件譲受株式については、久章から株券不所持の申出があり、株主名簿に株券を発行しない旨記載したと主張し、弁論の全趣旨により被控訴人会社の関係者が作成したものと認める乙第一〇号証(後記本件新株発行後の被控訴人会社の株主名簿。なお、乙第一号証はその控えである。)には、株主として久章ほか八名が掲記され、その全員について株券不発行との記載がされていることが認められる。しかしながら、前掲甲第二号証及び成立に争いのない甲第一号証によると、被控訴人は、昭和三四年九月三〇日に公証人による定款の認証を受けて、翌三五年五月一二日設立登記された会社であることが認められるところ、商法上株券不所持(不発行)の制度が設けられたのは、同四一年法律第八三号により同法二二六条ノ二が新設(同条は昭和四二年四月一日施行)されたことによるものであり、また、前掲甲第一一号証に弁論の全趣旨を併せると、被控訴人は、昭和五五年に崔から提起された本件譲受株式が崔の所有に属することの確認と右株券の発行及び引渡しを求める訴訟(名古屋地方裁判所同年(ワ)第二六三三号事件)において、久章と崔との間で右株式の譲渡契約がされたことを認めた上で、譲渡原因が売買であり崔の債務不履行によって右契約は解除されたと主張して抗争したが、その際株券不発行の制度が採られていた事実を主張したことがなく、更に、本訴において前掲乙第一号証が提出されたのは、訴え提起後一年近くを経過した昭和六一年七月一五日原審第九回口頭弁論期日のことである(なお、乙第一〇号証は原審第一五回口頭弁論期日に提出されている。)。こうした経過及び証人野瀬昭造の証言に照らすと、右乙号各証の記載をもって久章か被控訴人会社に対し株券不所持の申出をしたものとは認め難く、他に前記被控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

そして、前掲甲第一一号証と弁論の全趣旨によると、崔は被控訴人会社に対し、前記株主確認等請求事件を提起して久章から本件譲受株式を取得したことを通知し、かつ、その株券の発行を請求しているにもかかわらず、被控訴人会社は、崔及びその相続人である控訴人らの右株式の取得を争い、前記のとおり、終始その株券の発行はもとより、株主名簿の名義書換にも応じないでいることが認められるから、被控訴人会社においてこのように株券の発行と名義書換に応じないことは、不当なことというべきである。

そうであれば、控訴人らは、本件譲受株式の各自の所得分につき、株券の交付を受けておらず、かつ、被控訴人会社の株主名簿にその住所及び氏名が記載されていなくとも、被控訴人会社に対して、株主としてその権利を行使することができるものといわなければならない。

三、被控訴人が控訴人らに対して、昭和五五年八月一日に被控訴人会社の新株六〇〇〇株(本件新株)が発行された旨主張している事実は、当事者間に争いがない。そこで進んで、本件新株発行の存否を検討する。

1. 事実関係

(一)  昭和五五年二月二九日、名古屋地方裁判所により、商法二五八条二項に基づき久章が被控訴人会社の仮取締役及び仮代表取締役に選任されたこと、久章は、被控訴人会社の仮代表取締役として、同年四月五日、臨時株主総会(以下「本件株主総会」という。)を招集し、右総会において、久章、伊藤節雄及び高村晃の三名を取締役に選任する旨の決議(以下「本件取締役選任決議」という。)がされたこと、続いて同年四月八日に開催された被控訴人会社の取締役会において、久章を代表取締役に選任する決議がされたこと、同年七月一六日と同月二八日に開催された被控訴人会社の取締役会において、抗弁2(一)及び(二)記載の新株発行に関する決議がされたこと、本件新株発行の払込金として、同年七月三一日、株式会社東海銀行大曽根支店に三〇〇万円が預け入れられたこと、同年八月一日に本件新株発行に関する登記がされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実と、<証拠>に弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる<証拠判断略>。

(1)  被控訴人会社は久章の同族会社であったが、昭和五二年一〇月ごろ、前記のとおり、章夫が多額の負債を抱えて被控訴人会社の経営に行き詰まり、その返済ができないまま所在を隠した。しかし、久章は、みずから被控訴人会社の経営を立て直す意欲がなく、崔と善後策を協議した結果、前記のとおり、自己の持株を崔に譲渡して同人が被控訴人会社の経営に関与することに合意した。

(2)  このようにして、崔は、右の合意に基づき配下の者を従業員として送り込み、その営業や経理事務に当たらせるなどして次第に被控訴人会社の経営を事実上掌握し、同五三年ごろから同五五年にかけて、被控訴人会社の売上を増大させていった。

(3)  ところで、被控訴人会社のこの当時の発行済株式総数は六〇〇〇株で、その株主及び株式数は、章夫(久章の息子)が一二〇〇株、丹羽あき子(久章の娘)が三〇〇株、丹羽兵助(久章の兄)が四〇〇株、丹羽速次(久章の弟)が一五〇〇株で、残り二六〇〇株が久章が崔に譲渡した本件譲受株式であった(当時被控訴人会社の発行済株式数が六〇〇〇株で、丹羽速次がそのうちの一五〇〇株を有していた事実は、当事者間に争いがない。)。しかし、本件譲受株式は崔に帰属し、久章の親族が保有する株式数と崔の保有する株式数とが拮抗していた上、章夫が所在を隠していたため、株式の面でも久章が崔に対して優位に立つことは困難であった。

(4)  こうした状況のもとで、久章は、被控訴人会社に対する崔の支配関係を排除することを画策するに至り、前記のとおり崔に本件譲受株式を譲渡していながら、右譲渡の効力を争い、弟の丹羽速次の申請に基づき、その推薦により同五五年二月二九日に被控訴人会社の仮取締役及び仮代表取締役に選任されるや、崔に対して招集通知をすることなく、同年四月五日に取締役を選任するための本件株主総会を招集し、右株主総会において、右丹羽速次とともにみずからも株主として出席し、両名のみで本件取締役選任決議をした。なお、本件株主総会は、被控訴人会社とは何ら関係のない名古屋市北区芦辺町二丁目四番地に所在する久章の選挙事務所で開催されており、また、章夫に対する右株主総会の招集通知もされていない(当審証人高村晃の証言中には、章夫に対して右招集通知がされたかのごとき供述が存するが、同人は本件株主総会の招集通知の発送に関与していないとも証言しており、右供述はそのままには採用し難い。そして、当時章夫が所在を隠していたことからすれば、他に特段の事情もうかがわれないから、同人に対する招集通知はされなかったものと推認するのが相当である。)。そして、同年四月八日に久章を代表取締役に選任する取締役会の決議がされ、同年四月一二日、取締役久章(同月五日就任)、同伊藤節雄(同月七日就任)及び同高村晃(同月五日就任)並びに代表取締役久章(同月八日就任)の各役員に関する登記がされた。

(5)  このようにして久章は、みずから被控訴人会社の代表取締役として取締役会の決議を経て本件新株発行の手続に及んだものである。なお、久章が被控訴人会社の代表取締役として株主たる自身に宛た新株発行に関する取締役会決議の通知書の差出人の住所も、前記久章の選挙事務所の所在地である北区芦辺町になっている。また、前記のとおり、本件新株発行に関する払込期日は、当初の取締役会の決議で昭和五五年八月六日と決められたが、同年七月二八日の取締役会で同月三一日に繰り上げられ、同月三〇日付けで加納英雄、丹羽あき子、石川喜久雄、丹羽速次及び伊藤節雄名義の新株式申込証が作成された。そして、翌同月三一日、株式会社東海銀行大曽根支店に本件新株発行の払込金として三〇〇万円が別段預金とされた。しかしながら、右預金は、その日のうちに久章が被控訴人会社の代表者として全額払い戻している。そして、右払戻金は、被控訴人会社に入金されなかった。また、被控訴人会社の顧問税理士野瀬昭造が作成に関与した被控訴人会社の昭和五四年四月一日以降同六〇年三月三一日までの各期の確定申告書には、本件新株発行に伴う資本金額の変更若しくは新株申込証拠金あるいは株主及び株式数の変更に関する記載が一切なく、被控訴人会社の帳簿にも右新株発行に関する記載がなく、右野瀬昭造をはじめ被控訴人会社の経理担当者は、本件新株発行の事実をまったく知らされていなかった。そして、被控訴人会社の取締役として本件新株発行の決議に加わった伊藤節雄、高村晃も前記別段預金とされた三〇〇万円がその後どのように取扱われたか全く関知していない(当審証人高村晃は、当時同人は被控訴人会社の専務取締役の地位にあったが、右の三〇〇万円が何処へ行ったのか分からないと証言する。)。

2. 右事実関係に基づけば、そもそも久章ほか二名を取締役に選任した本件株主総会は、久章が被控訴人会社に対する崔の支配を排除するため、発行済株式総数の半数近くの株式を保有する崔に対して敢えて招集通知をせず、同人に内密に招集したものということができる。控訴人らは、原審において、崔が被控訴人を被告として昭和六〇年二月二七日に名古屋地方裁判所に提起した別件の株券発行等請求事件の訴状で、被控訴人会社が発行済株式総数六〇〇〇株の株式会社であると主張したのに対し、被控訴人が答弁書により被控訴人会社の発行済株式総数は一万六〇〇〇株(一万二〇〇〇株の誤り)であると答弁したため、被控訴人会社の商業登記簿謄本を取ってみて、はじめて被控訴人会社の発行済株式総数が一万二〇〇〇株となっていることを知った旨主張しているが(昭和六一年一二月二三日付け準備書面)、右主張は、前記事実関係に照らし首肯することができる。そして、本件株主総会が招集された当時は、被控訴人会社の一二〇〇株の株主であった章夫が所在を隠していて、同人に招集通知がされず、かつ、同人が本件株主総会に出席しえず議決権行使の委任もしえない状況にあったから、崔の保有した株式数は、実質的に本件株主総会において過半数を制することができたものであり、こうした点をも併せ考えると、仮に、崔と章夫を除く前記三名の株主に招集通知がされたとしても(なお、右株主はいずれも久章の身内であり、その株式数は合計しても二二〇〇株にすぎない。また、前示のとおり、本件株主総会が久章の選挙事務所で開催されており、本件新株発行に関する通知書の発送もとの住所も右選挙事務所の所在地とされていることから、右招集通知の発送もとの住所も右選挙事務所の所在地とされていたものと推認することができる。)、崔に対して招集通知がされなかった瑕疵は重大であり、招集通知が株主総会成立の基礎をなすものであることを思えば、本件株主総会における決議は、株主に対する招集通知の欠缺が著しいものとして、不存在であるといわなければならない。

そうであれば、本件株主総会で取締役に選任されたことになっている久章ほか前記二名の者は取締役ということはできず、したがって、この者らが取締役会議により久章を代表取締役として選出したとしても、久章を被控訴人会社の代表取締役とみることはできないから、本件新株発行は、被控訴人会社の代表取締役でないものによってされたものとして、不存在であるといわなければならない。

3. もっとも、被控訴人は、本件取締役選任決議が不存在であるときは、久章が依然として被控訴人会社の仮代表取締役の地位にあったものであり、あるいは、新たな取締役、代表取締役が選任されたことによって、その選任決議の瑕疵の程度を問わず当然に仮取締役、仮代表取締役の任期が到来することになるとしても、商法二五八条一項により久章はなお仮取締役、仮代表取締役としての職務執行の権利義務があったから、久章の行った本件新株発行手続は、被控訴人会社を代表する権限のある取締役がしたものとして、存在しないものということはできない旨主張する。しかしながら、仮に、このような解釈が許されるとしても、なお本件新株発行は不存在であるといわなければならない。以下その理由を述べる。すなわち、

前記事実関係からすれば、本件新株発行は、久章が崔に対抗して自派の株式数を増やすために、被控訴人会社の最大の株主であった崔に知られないように密かに手続を進めたものであることが明らかである。そして、特に、本件新株発行については、被控訴人会社の経理関係の社員や顧問税理士もその事実を知らされておらず、被控訴人会社の帳簿にも右新株発行に関する記載がないこと、本件新株の申込人とされている五名の者がいずれも同一の日に申込の手続をしたことになっていること、その翌日に株式払込金として東海銀行大曽根支店に預け入れられた三〇〇万円は、別段預金とされ、その日のうちに久章によってその金額が払い戻されており、しかも、これが被控訴人会社に入金された事実が全くうかがわれないことは、前記認定のとおりである(なお、被控訴人は、本訴において右三〇〇万円の使途を明らかにしない。)。加えて、右新株申込人とされている者のうち、丹羽あき子は久章の娘であり、丹羽速次は久章の弟である。また、伊藤節雄は、本件株主総会において久章とともに取締役に選任されたことになっている者である。更に、前掲甲第三一号証、成立に争いのない甲第二〇号証の三ないし五、甲第三三号証によると、加納英雄は、被控訴人会社のもとの従業員であり、石川喜久雄は、昭和六一年に被控訴人会社の代表取締役に選任されたことになっていて、控訴人らから職務執行停止の仮処分を起こされた者であることが認められ、いずれも久章に近い人物であることが窺知される。したがって、以上の事実に弁論の全趣旨を総合勘案すれば、前記三〇〇万円の払込金は、控訴人らが主張するように、久章が他から一時的に借り入れた借入金による払込み意思がないのにこれを仮装した払込金であって、本件新株の払込金としての体裁を整えるためにいったん前記銀行に預け入れられたのち、久章によって直ちに払い戻されて右借入の返済に充てられたもので、右新株申込人とされている者は、単に久章にその名義を貸したにすぎないものと推認するのが相当である(本件新株発行当時、崔が仮控訴人会社の経営を掌握していた事実は、右認定を覆すものではない。)。

そうであれば、本件新株発行は、久章が被控訴人会社における崔の支配力を排除すべく、そのため崔の持株比率を低下させる必要があると考え、そのような外形を作り出すため、隠密裡に払込みを仮装してしたものであるから、実体のないものとして不存在であるといわなければならない。

四、よって、控訴人らの本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は不当であるから、原判決を取り消し、控訴人らの本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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